公演中止の沢田研二 若い頃の暴行事件 デビューのきっかけは内田裕也

ジュリーこと沢田研二さんが客席が埋まらなかったからとライブを中止して以来、賛否の声が広がっています。公演ドタキャンは2度目ですがファンは冷静なようです。過去の暴力事件や内田裕也さんに見出されて世に出たデビュー当時などを振り返ってみました。





大阪公演でファンに謝罪

埼玉での公演中止後初めてのコンサートとなる21日の大阪公演で、沢田さんはファンに謝罪したそうです。

「僕は厄介な男です」
「すべての責任は僕にあります」

などと、真摯に謝罪してくれたのでファンは満足したそうです。
また、

「本当なら埼玉へ行って謝らなきゃいけないんだけど、それはできないので、ここで謝らせてください」

というようなことを訴えていたそうです。

埼玉では代替公演が行われるそうです。

沢田さん自身も、記者会見で「今回はファンに甘えて男の意地を通させてもらった」と言っていたように、沢田さんにはファン歴50年の固定ファンがいて、何をしても沢田さんのやり方を信じてついてきてくれるだろうっていう信頼関係があってのことなのでしょうね。

代替公演は「埼玉大宮ソニックシティ」

代替公演は来年1月と2月に「埼玉大宮ソニックシティ」で開催されることが発表されました。

「埼玉大宮ソニックシティ」のキャパを調べると、2500人でした。

これでは、2日間開催しても5000人しか入場できませんね(^^;

ドタキャンになった「埼玉スーパーアリーナ」に集まったのは7000人でしたが、その全員は代替公演に足を運ばないと踏んでいるのでしょうか。


批判しているのは外野だけ?

ドタキャン報道の後、ネットでは沢田さんを批判する声があふれ、TV出演者も批判的な意見が多かったのですが、叩いているのはファンでもなくチケットも買っていない「第三者だけ」という見方もあります。

いちばん影響を受けたファンは、ショックは受けたものの、それがジュリーの考えならということで納得して冷静に帰宅したようです。

複数の会場に足を運ぶファンが多いため、埼玉がだめでも他の会場で見られるからというのもあるようです。

<一般の人の声>
・プロ意識がない
・7000人しかいなくてもそのファンに対して歌う義務がある
・これでファンが離れる

<ファンの声>
・倒れたとかじゃなくてよかった!
・真摯に謝ってくれたからもういい

沢田さんの容姿についても、ファン以外の人たちが
「カーネル・サンダースに似てる」
「老けた」

などと酷評する一方で、ファンは

「この年まで現役でいてくれることがうれしい」
「へんに整形とかしないでありのままでいてかっこいい!」

と違った見方をしているようです。

確かに容姿は「時の過ぎゆくままに」なのは否めないんですが(^^; 歌声はあまり衰えてないように聞こえます。

それにしても、この年齢で半年で66公演のツアーをやるってバイタリティがすごいですよね。


内田裕也によって世に出た沢田研二

沢田研二さんのデビューには内田裕也さんも関わっているんです。

そのせいか、沢田さんは今でも内田さんに頭が上がらないそうです。

今は「ドクターX」でメロンを持ってくるおじさんのイメージが強いかもしれない岸部一徳さんが、ベーシストとして参加していたバンドに10代の沢田さんがボーカルとして加入。

大阪のジャズ喫茶で競演した内田裕也さんの強力なプッシュもあって、「ザ・タイガース」としてデビューしました。

グループサウンズ・ブームの先駆けとしてヒットを飛ばした後、沢田さんはソロに転向。

岸部一徳さんは、なんちゃってベーシストではなく、ものすごく技巧派のベーシストだったんですが俳優に転向してしまいましたね。

音楽一本でやっていくことの難しさを改めて感じます。

「ザ・タイガース」はたぶん誰が見ても、髪形、曲調ともビートルズに似てます(^^;

ソロになってからのジュリーは和製デヴィッド・ボウイといった感じでしたね。

作詞が阿久悠さん、糸井重里さんと、演劇を見ているような気持ちにさせる曲が多かったです。

まさに沢田劇場。





沢田研二 過去の暴行事件 ファンも若かった

沢田さんの場合は、暴行といっても、ファンの勢いがすごすぎてそれに引っ張られてしまったようなところがあるんじゃないでしょうか。

1975年に沢田さんが双子の姉妹歌手の「ザ・ピーナッツ」の姉・伊藤エミさんと結婚した前後は、ファンも嫉妬が最高潮に達したのか、マナー違反な行動が頻発していました。

追っかけファンが駅のホームにあふれたことで沢田さんが駅員と衝突。

翌年にも新幹線で一般の乗客相手に殴打事件を起こし、謹慎。

その後はふっきれたように過激なパフォーマンス路線をひた走ります。

1979年に沢田さんと伊藤エミさんの間に息子さんが生まれた時は、病院へ行こうとする沢田さんの車をファンが行かせまいと取り囲み、大騒動となりました。

そんな邪魔をしても、もう生まれちゃってるんですけどね(笑)

息子さんは芸能界には入らず、一般のお仕事をされているようです。


沢田研二 不倫騒動でマスコミ嫌いに

長い交際の末の結婚にも関わらず、1982年に共演した田中裕子さんと不倫関係になり、伊藤エミさんとは別居。

結局1987年に、伊藤エミさんに慰謝料18億円を払って離婚。

1989年に田中裕子さんと再婚します。

伊藤エミさんは生涯、澤田姓のままでいたことで有名ですが、息子さんが途中で名前が変わってはかわいそうという気遣いからかもしれませんね。


(光源氏 by ジュリー Pinterestより)

離婚するまでずっと、不倫を否定してたんですがバレバレだったんですよね(^^;

当然、マスコミに追い掛け回されてました。

あえてバラエティでふたりの共演が組まれたことがありました。

はしゃぐ田中さんと、動揺を見せまいと無表情を装う沢田さんの様子は今も記憶に残っています。

小舟に乗ったロマンチックなデートのような企画だったんですが、覚えてる人いますかね。

なぜ一緒に出演することにしたんでしょうね。断れなかったのかもしれませんね。

沢田さんはこの不倫騒動以降マスコミ嫌いになり、スポーツ紙の取材は受けてもテレビの取材は受けないようになってしまいました。


沢田研二とPTAの果てしない闘い

沢田さんの全盛期は今と違って1日に3つくらい歌番組があって、沢田さんも毎日出演されてましたから、子供たちの目に触れる機会は多かったです。

沢田さんの曲が流行る
⇒ パフォーマンスを小学生が真似する
⇒ PTAから苦情が入って演出を変える。

ということがよく起こりました。

「勝手にしやがれ」でパナマ帽を飛ばす演出を小学生が真似して、他人の帽子を遠くへ飛ばすイタズラが流行り、PTAから苦情
⇒帽子投げは確かやめてたと思います。

「カサブランカ・ダンディ」の「背中のジッパーつまんでおろす~♪」の歌詞に合わせてマイクスタンドを背中に見たててツーとジッパーをおろすジェスチャー
⇒これはPTAが勝ちました(笑)すぐに封印されてしまいました。

「カサブランカ・ダンディ」でウイスキー(バーボン?)を口に含んで噴き出す演出は子供が真似するからやめてと苦情
⇒これは封印してなかったと思いますよ。
 ただ、中身は本物のお酒ではなかったのでは?
 司会者が、真似しないでくださいね的なフォローをしてたような気が。

「カサブランカ・ダンディ」でジュリーのジッパーが半開きなのが見苦しいと苦情
⇒これも封印してなかったと思いますよ。

こう見ると、沢田さんも毎回負けてはいないですよね。
沢田さんがというより、テレビ曲の判断かもしれませんね。


あんたの時代はよかった。

ちなみに、歌詞の中に出てくる「ボギー」というのは「カサブランカ」の主演男優、ハンフリー・ボカートのニックネームです。

友人に恋人を譲って身を引くストーリーです(ご存知ない方のために)。
この曲では、やせ我慢の代名詞のように使われてます。



キヨシローとジュリーは反原発でつながるんですね。

このブログではあまり触れないでおきましょう。


まとめ

沢田さんは2004年にも茨城で客入りが少ないと公演を中止しています。

古いファンなら、そのワガママさも含めてジュリーの魅力と納得しているのでしょうね。

2015年に、古参のファンが毎回最前列に陣取っていることに苦言を呈したというのも話題となりました。

いつも同じ人たちが良い席を取ってしまうのではなく、その土地のファンに楽しんでもらいたいということなのかもしれませんね。




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