カルロス・ゴーン前妻への壮絶DVと離婚せず再婚した重婚疑惑 前妻親子が驚愕した家族関係

逮捕されたカルロス・ゴーン氏にはブラジル、レバノン、フランスの3つの国籍を持っていますが、前妻とブラジルでは離婚が成立しておらず重婚状態であることがわかりました。前妻は壮絶DVや義家族との関係についても語っています。




前妻リタさんの著書に垣間見える両者の価値観の違い

前妻のリタさんは、2006年に出版した『ゴーン家の家訓』という著書の中で、生い立ちやカルロス氏との出会いについて語っています。

この本が書かれたときはまだカルロス氏との結婚生活は破綻していなかったのでリタさんは言葉を選んで書いていますが、そこかしこに2人の価値観の違いや、リタさんがカルロス氏を理解しようと奮闘しようとした様子が伺えました。

リタさんの生い立ち

1965年7月15日 レバノンの首都、ベイルート生まれ(現在53歳)

兄弟:3人兄弟の末っ子 (姉とは8歳、兄は5歳離れている)

言語: レバノン人はアラビア語、フランス語、英語の3ヶ国語を話すことができる。
   それに加えて、キリスト教徒の子供たちは 幼稚園からフランス語とアラビア語を学ぶ。

学業成績:レバノンでは飛び級がごく普通に行われており、リタさんは成績が良かったので2回飛び級している。

性格:当時のレバノンでは自分の意見を持つ女の子はよしとされなかったが、リタさんは全てに自分の意見を持っているタイプだった。

当時のレバノンの情勢:リタさんが小学6年の時に、レバノンで15年にわたる内戦が始まる。

進路の希望:
レバノンでは 薬剤師が女性の職業としては最高とされていたので、リタさんの両親もリタさんが薬剤師になることを望んでいた。

内戦から逃れるためと結婚のプレッシャーをかける両親への反発から、フランスの大学に行くことに決める。
姉が結婚してフランスのリヨンに住んでいたので、姉の近くに住むことを口実にした。

レバノンはフランスの統治下にあったため、フランスの影響が強く残っている国です。
そのためフランスの大学に進学する人も多いようです。

19歳でフランス、リヨン大学の薬学部に入学。

リタさんには、当時 レバノンに遠距離恋愛中のボーイフレンドがいました。

カルロス氏との出会いから3か月で結婚

リヨン大学入学直後に、兄夫婦よりカルロス氏を紹介される。

出会ってすぐカルロス氏に夢中になり、レバノンのボーイフレンドとは電話でお別れ。

出会ってわずか3ヶ月後、カルロス氏のブラジル赴任が決まって「一緒に来てほしい」 とプロポーズされたそうです。

せっかく入ったばかりの大学を中退するのはためらったそうですが、結局カルロス氏の方を選んで大学は退学。

リタさんの両親は、大学の退学もカルロス氏との結婚もブラジル行きも勝手に決めたと激怒したそうです。


花嫁の両親に挨拶に行かなかったカルロス氏

カルロス氏は、自分からレバノンにいるリタさんの両親に挨拶しに行かなかったそうです。

それで仕方なく、リタさんの母親が フランスのリヨンを訪ねたそうです。

リタさんの父親は、「娘と結婚したいのならカルロスのほうがレバノンまで来て結婚の許しを得るべきだ」と言って一緒に来なかったそうです。

どう考えても、リタさん両親の方が常識的ですよね。

そしてカルロス氏は、婚約指輪の知識がないからという理由で、指輪選びを自分の母親まかせにしたそうです。

カルロス氏の母親がブラジルから駆けつけましたが、自分はこれでもかというほどの5カラットぐらいのダイヤの指輪をしていたのに、リタさんのために買ったのはプレーンな金の指輪だったそうです。

リタさんは指輪や宝石にこだわりはなかったのですが、これはレバノンの文化では侮辱にあたる行為で、その行為を目の当たりにしたリタさんの母親は青ざめてしまい、
「今からこんなに仕打ちを受けるようでは、将来どうなるかわかったものではないわよ」
とリタさんに警告したそうです。

リタさんの母親の予言は的中してしまいましたね。

リタさんとカルロス氏の年の差についても、後々問題になると結婚に反対したそうです。

婚約指輪については、後日ブラジルに戻ったときにリタさんが自分の欲しいものを買い直したそうです。

リタさんをひとりの人間として尊重していたら、ここまではできなかったはずですよね。

リタさんも若かったので、いろいろなことが目に入らなかったのでしょうか。

家族の出席は兄夫婦だけだったフランスでの結婚式

1985年6月1日、カルロス氏がブラジルに赴任する直前に、2人はリヨン市で結婚式を挙げました。

この結婚式には、リタさん側の家族としてはフランスに住んでいた兄夫婦だけしか出席しなかったそうですが、カルロス氏側の友人は大勢出席したそうです。

ところが、この結婚式の写真はほとんどないそうです。

友人に写真を撮ってもらおうとカメラを託したのですが、リタさんが事前に何度も念を押したにもかかわらず、カルロス氏がフイルムを入れ忘れていたからだそうです 。

いかに気持ちが入っていないかわかりますね。

なんだかこの頃からケチがついたというか、呪われた結婚だった気がしますね。

ブラジルでの2度目の結婚式で嫁姑問題勃発

4ヶ月後の1985年9月28日、 2人はブラジルで2度目の結婚式をあげました。

法律的にはフランスですでに結婚していましたが、カトリック教徒にとっての「正式な結婚」は神の前で誓う事だったので、カルロス氏の家族を喜ばせ、親戚や友人に出席してもらうためにも、リオデジャネイロの教会で結婚式を挙げることにしたそうです。

レバノン人は一般に派手なことが大好きだそうですが、リタさんは自分らしさを一番大切にしたいと思っていたので挙式は大げさにしたくなかったのと、ウェディングドレスも姉が結婚するときに一緒に選んだものを着ることにしたそうです。

そのウェディングドレスは、リタさんとお姉さんとの絆でもあって、リタさんにとって特別な思い入れがあるドレスだったからです。

しかし、カルロス氏の母、つまりリタさんの姑はこのことが不満だったそうで、お古を着るのは貧乏人のようだからやめてほしいと言われたそうです。

結局リタさんは自分の着たかったドレスを着ることができましたが、それを機会に 嫁と姑の摩擦が一気に強まってしまったそうです。

ブラジルでの結婚式では、リタさん側の出席者は兄だけだったそうです。

リタさんの兄は、カルロス氏の実家を訪ねて状況を察して、リタさんをレバノンに連れ戻そうと考え始めたそうです。

リタさんの兄は結婚式が終わってから3ヶ月間もリタさんのアパートメントに滞在し、「一緒にレバノンに戻ろう」と説得し続けたそうです。

このブラジルでの結婚が、なんと現在も離婚が成立していないとのことです。

日本と異なりブラジルでは、「妻に何をどれだけ財産分与するか」という条件を書かなければ離婚できないのだそうです。

「カルロスはフランスでの離婚の事実をもって、私の同意なしにブラジルの離婚も成立させようとしましたが、当然、ブラジルの役所は受け入れなかった。
一から離婚協議を行うと、ブラジルの制度上でも、私に財産分与を受ける権利が発生してしまう。
それを避けようと画策したのでしょう。
 彼が再婚したことを知った私は子どもたちに『まだブラジルでは離婚が成立していない、重婚状態だ』と説明しました。
すると、レバノンの裁判所から一六年、フランスでの離婚成立などを理由に『カルロスの名誉を毀損するような行動を取った場合、罰金五百万ドル(約五億五千万円)を支払え』という命令が私に下ったのです」
(出典:文春)


カルロス氏はリタさんにびた一文渡したくないために、ブラジルでの離婚手続きをしたくないようです。

フランスでは離婚が成立したものの、ブラジルでは離婚手続きに入っていないし、レバノンではそもそも離婚できない。

カルロス氏は祖国ブラジルでの離婚が成立しないまま別の女性、キャロルさんと再婚したので重婚状態だとリタさんは主張しています。

そして、そのことを子供たちに告げたリタさんに、レバノンに手をまわして巨額な賠償金を支払うよう命じさせたというのです。

レバノンでは判決は金で買えると言われているくらい、権力者には甘いらしいのです。






不倫がばれて壮絶DVが始まる

カルロス氏は、メールなどを出すことはできるのですがパソコンにはそれほど詳しくなかったようです。

それで、自宅のパソコンにちょっとしたトラブルなどが起きるとリタさんの出番になっていたようです。

ある日、リタさんはパソコンの不具合を直していて、カルロスとほかの女性との怪しいメールを見つけてしまいました。

しかも、リタさんの知らない複数の女性と不倫をしていたそうです。

更にショックなことに、カルロス氏は不倫をしていただけではなく、自分の姉と、リタさんが精神病だという診断書を医師に出させて遠ざけようとしていたというのです。

教会で結婚式を挙げたカトリック教徒は、離婚することが大変難しいので、このような方法を考えたのでしょう 。

リタさんは、長年尽くしてきた夫に裏切られたうえ、精神病患者に仕立て上げられそうになっていてどれほど傷付いたことでしょう。

リタさんが不倫メールを突きつけると、カルロス氏は、

「お前は嘘つきで気が狂っている」

 などと言ってリタさんを罵倒し、目の前でメールを削除したそうです。

しかし、リタさんも負けてはいません。

削除されることを見越して自分のメアドに転送して起き、印刷したものをカルロス氏につきつけたそうです。

するとカルロス氏は激高し、いつも飲んでいた睡眠薬を普段より多く飲むように命じて昏睡状態にさせたというのです。

恐ろしい話はこれで終わりません。

「この頃、『君は自殺したいといつも言っている。部屋に弾の入った銃があるから、私や子どもに迷惑をかけずにいっそ人生を終わらせたらいい』と言い放ってきたことがありました。
耳を疑うしかなかった。
そもそもフランスは銃規制が厳格。
ベッドルームに銃を置いておくことなど重大な犯罪です。
その銃を使って自殺しろと言われたようなもので、“これで夫婦関係は終わりだ”と思いました。
(出典:文春)


それ以来、リタさんはフランスを離れて、故郷のレバノンに帰国しました。

三店舗に増えていたレバノン料理店もゴーン氏から「もう日本に来るな」と言われたので、全て手放すことになったのだそうです。

首絞めと謎の交通事故

フランスでの離婚訴訟を始まると、カルロス氏のDVはますます壮絶さを増していきました。

カルロスは『いつでもお前を滅ぼすことができるんだ』『早く殺すべきだった』と喚きながら私に飛びかかり、首を絞めてきたのです。
その恐怖は今でも鮮明に残っています。
パソコンに向かっていた息子は、カルロスが本気で首を絞めているのに少し遅れて気付き、彼を引き剥がしました。
(出典:文春)


リタさんがもう交渉には応じないと告げた後、カルロス氏は「お前などどうにでもできる」と脅したそうです。

そしてその夜、リタさんは複数の車につけ回されて大きな事故に遭い、脇腹を三カ所骨折し、三カ月間安静にしていなければならなかったそうです。

まとめ

この記事はリタさんの証言を元に書いております。カルロス氏はすべて否定しているようです。

リタさんが何を言っても、「彼女の作り話」「頭がおかしい」と切り捨てられてしまうようです。

レバノンがカルロス氏の天下なら、レバノンで暮らすのは危険なんじゃないでしょうか。

リタさんの今後の生活が安全で、楽しく幸多いものであることを願っています。




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