ニューヨーク証券取引所の名物トレーダー、Peter Tuchman(ピーター・タックマン)さんが新型コロナに感染して心配されています。日本では「588おじさん」の愛称で人気のピーターさんの経歴や家族が気になったので調べてみました。
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目次
「588おじさん」と呼ばれる理由は?
ピーターさんは「ウォール街で最も写真に撮られたトレーダー」として有名で、株価が大きく変動した際のニュースによく登場しています。
ピーターさんはその表情の豊かさが株式市場の様子をそのまま表しているようだと評判で、さまざまなメディアに写真を使われています。
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今では、株価が変動すると、カメラがピーターさんを追いかけているそうです。
最初に新聞のフロントページを飾ったのは2007年で、その時すでに20年以上のベテランだったそうです。
いつも「588」という番号のバッジを身につけているので、日本のSNSでは「588おじさん」なんて呼ばれて親しまれています。
このバッジの番号でトレーダーを識別するのだそうです。
スポーツ選手で言えば背番号のようなものなんですね。
最も、ピーターさんは有名人なのでもう番号なんて関係ないかもしれませんがw
(出典:ザ・ガーティアン)
ウォール街のマスコット的存在
日本では、ピーターさんは手塚治虫さんの描くキャラクター、「お茶の水博士」に似てるなんて噂されてますよね。
ドクター・ワイリーに似てるという人もいるようですw
アメリカではアインシュタインに似ていると言われていて、ピーターさん本人もそれが気にいっているようで、インスタグラムも「ウォール街のアインシュタイン」というアカウント名で開設しているくらいです。
アメリカのメディアでは、
髪形がフラメンコ・スタイル
ジャンプする姿がリアルライフのマペット(あやつり人形)のよう
生きた絵文字
などと絶妙に形容されていましたw
「なぜニューヨーク証券取引所で最も多く写真を撮られるのだと思いますか?」という質問に、ピーターさんはこう答えていました。
僕がアインシュタインに似たルックスをしているからだと思う。
それに僕の顔は、感情、興奮、打ちひしがれた狂気を表現している。
そして100%本物なんだ。
ウォール街の株価の動きが大きい日のストレスや興奮が、純粋で正直な感情として僕の顔に現われるからだよ。
僕は毎日嵐の真っただ中にいるんだ。(出典:ワシントンポスト)
ニューヨーク証券取引所で働く人々の間でピーターさんを知らない人はなく、証券取引所のマスコット的存在になっているそうです。
ピーターさんはスーツ姿に足元はスニーカーというのが定番になっているのですが、これは厳密に言うと、ウォール街のドレスコード違反なのだそうです(汗)
でも、ピーターさんはみんなに愛されているので、好きなものを身に着ける特権を得ているようです。
ピーターさんのお気に入りはニューバランスだそうです。
(出典・ザ・ガーティアン)
588おじさんの経歴はいっぷう変わっていた
ピーター・タックマンさんの気になる経歴を探ってみました!
名前:Peter Michael Tuchman
生まれ:1957年または1958年(今年62歳~63歳)
既婚:1男1女あり(大学生)
ユダヤ系
出身:ニューヨーク・アッパーウェストサイド生まれ、ニューヨーク育ち
職業:米国クアトロM証券 上級副社長
学歴:マサチューセッツ大学(経済、農学専攻)卒業後、
ニューヨーク市の大学院でMBAを取得
ピーターさんは卒業後、ニューヨークのナイトクラブ・ストリートとして有名なブリーカーズ・ストリートでレコード店をオープン。
2年間音楽関係の仕事に携わった後、ノルウェー系の石油会社の西アフリカの拠点で働いたそうです。
アメリカ以外の国で働いてみたかったのかもしれませんね。
医師であった父親の患者に証券ブローカーをしていた人がいて、1985年にその方のつてで証券会社でテレタイピストとして働き始めたのが証券業界との関わりの始まりだそうです。
26、7歳の時だと思いますのでやや遅い業界入りですね。
90年代には別の証券会社で転換社債アービトラージなどを扱った後、独立した株式ブローカーになったそうです。
1000万株を一度に取引したこともあり、1日の最大取引額が2億ドル(200億円超)になることもあるのだとか。
これだけの額が上がったり下がったりするのですから、そりゃあ興奮するのもわかりますよね。
588おじさんの両親はアウシュビッツの生き残りだった
ピーターさんは、両親から多大な影響を受けたと語っています。
ピーターさんの両親はユダヤ系で、どちらも第二次大戦中のホロコーストを経験されています。
母親のショーシャナさんは1920年チェコスロバキア生まれ。
アウシュビッツ収容所に送られた時17歳で、10か国語を話すことができたため虐殺を免れたそうです。
しかし、ショーシャナさん以外の家族はすべてガス室送りとなってしまったそうです。
ショーシャナさんには姉がいて、姉にはピーターという小さな息子がいたそうで、
ピーターさんは、この幼くして亡くなった「いとこ」にちなんで名づけられたそうです。
父親のマーセルさんは1921年にポーランドで生まれ、収容所に連れてこられた当時21歳で、
ドイツにあったシーメンスの工場で強制労働をさせられたそうです。
父マーセルさんの家族もほとんどが亡くなってしまいました。
戦後ナチスが崩壊すると、
収容所で生き残った人々や東欧で難民となっている人々を保護する難民キャンプができ、両親はそこで出会ったのだそうです。
父マーセルさんがドイツで医学部を出てから、1949年にふたりはアメリカへ移住したそうです。
父マーセルさんは長く医師として働き、93歳まで教壇に立った後、97歳で亡くなったそうです。
マーセルさんは、収容所時代の生活やその後の人生について振り返った自伝、
『Remember: My Stories of Survival and Beyond』という本も出版されています。
母ショーシャナさんも亡くなられたのが7年前で93歳だったそうですので、
おふたりはとても長生きしたようですね。
ご両親とも壮絶な人生を送ってこられたと思いますが、ピーターさんはこう言っています。
(これだけの経験をしたので)両親は怒りと嘆きに満ちたネガティブな人たちになっていてもおかしくないよね。
でも、そうはならなかった。
こういうことには2つの道があると思うんだ。
困難に立ち向かって毎日を味わい、人生を ”カップにまだ半分入っている” と見るのか。
それとも、被害者としてネガティブな見方をして ”カップに半分しか入っていない” と考えるのか。
僕は前者の方が好きだな。(出典・ザ・ガーティアン)
あのピーターさんのご両親がアウシュビッツの生還者だったとは驚きですね。
ピーターさんの一瞬一瞬を楽しんで生きようとする姿勢は、
困難を乗り越えて充実した人生を送った両親からのギフトなのかもしれませんね。
Tommorow is not guaranteed
So live for today
明日のことは保証されてない。だから今日を生きよう (出典:Instagram)
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588おじさんの兄は映画監督、妻はプロデューサーだった!
ピーターさんの兄はドキュメンタリー映画の監督だそうです。
やはり、ただ者ではない感じがしますね。
兄ジェフリーさんは、エミー賞などを受賞したこともあるドキュメンタリー映画監督で、
中でも、ビル・クリントン氏が大統領選の候補になった時、
幼少期からアーカンソーでの活動までを紹介した『The Man From Hope』という作品を描いて好評を博しました。
他にも多数のテレビ局のドキュメンタリー作品に関わっていて、NHKの作品でも仕事をしているそうです。
また、晩年はコロンビア大学のジャーナリズム学科で教鞭をとっていたそうです。
父マーセルさんが死の2年前にドイツを訪問してアウシュビッツでの戦争犯罪の証言をしたことがあったそうなのですが、
ジェフリーさんはそれに同行しています。
そして、その体験を元に『Testimony(証言)』というドキュメンタリーを制作しようとしていたのですが、
惜しくも2年前に62歳でがんのため未完成のまま亡くなったそうです。
ピーターさんの奥様はLise Zumwaltという、16もの賞を受賞しているドキュメンタリーのプロデューサーだそうです。
プロデューサー業のほかに、監督、執筆、編集もしているそうです。多才ですね。
こんな知的な女性なら、やんちゃなピーターさんとの生活は楽しくてしょうがないんじゃないかって気がします。
(Lise Zumwaltさん、ReelAbilitiesより)
588おじさんは自分の株はトレードしない
実力あるトレーダーなので、自分でも株を取引きして稼いでいるのかと思いきや、
ピーターさんは自分の株を持ったことがないそうです。
また、どのような投資もしたことがないそうです。
理由は、自分の資産が増えたり減ったりするのを気にするようになると、顧客のことに集中できなくなるからだそうです。
正論ですね。
子供たちが大学を卒業する時に借金を背負わなくてすむのが最大の投資だと語っています。
また、家に仕事を持ち帰るのが好きでないそうで、それが夫婦円満の秘訣だと信じているそうです。
オンオフの切り替えがうまいのでしょうね。
588おじさんの新型コロナ感染について
ニューヨーク証券取引所では、新型コロナに関して厳しい入場制限があったそうなのですが、
ピーターさんはどこで感染してしまったのでしょうか。
アメリカでは、検査を受けてから結果が出るまで5日も待つそうです。
ピーターさんは、検査結果を待つ間、
数々のセレブに会った思い出など過去を思い出して感傷的なコメントをしていましたが、
残念ながら結果は陽性でした。
発表の仕方も、コロナビールの画像を添えて悲しみの中にもユーモアを込めていたのが
ピーターさんらしいですね。
「人生でこれほど体調が悪かったことはない」とコメントされてますので、苦しい状況なのではないでしょうか。
ゆっくり回復して、また元気にフロアを飛び跳ねる姿を見せていただきたいです。