逆ギレ司会者 米倉久邦氏著書にみる人生観 田中理事長の黒い噂

日大広報 米倉久邦氏の著書を入手

日大広報の米倉久邦氏がフリージャーナリスト時代に出版した著書を入手しました。

そこから、米倉氏の人生観が垣間見えてきましたのでご紹介します。

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日大広報はなぜ会見を打ち切りたかったのか

5月23日に行われた日大・内田元監督と井上元コーチの会見で、司会を務めたのは広報担当の米倉久邦氏。
各番組で、「打ち切り司会者」「ぶちきれ司会者」などというあだ名をつけられていましたね。

なぜあのような仕切りになってしまったのでしょう。

1時間半の会見中に27回「やめてください」

広報「同じ質問ばかりで迷惑ですから」
記者「違う質問します」
広報「違えばいいというものではありません」

「見てても見てなくてもいい」
「前提もクソもない」
という暴言もありました。

米倉氏はいつ広報担当となったのか

手元にある米倉氏の著書は2015年6月発行で、そこでの肩書きは「フリージャーナリスト」となっていますので、この時点では日大職員ではなかったことがわかりますね。

日大職員としての米倉氏の名前が初めて出てくるのは、2015年11月に日大の名誉教授が暴力団から2000万円を借金していた問題で、会見が行われた時です。

ですから、2015年6月から11月の間のどこかで日大職員になったことがわかります。

その際も米倉氏は、記者からの質問に「答える必要はない」と塩対応だったそうです。



米倉氏は、日大理事長の田中氏に請われて広報担当となったと言われています。

この暴力団と日大との癒着の問題のマスコミ対応として雇われたのでしょうか。
広報担当という肩書きですが、実質的には総務部長的な役割を担っている方なのではないでしょうか。


内田氏・井上氏の謝罪は米倉氏のシナリオ

「指導者からの指示と宮川選手の行動が乖離していた」のが悪質タックルの原因ということにしたのは、米倉氏の描いたシナリオだったと言われています。

だとしたら、内田氏を守るために形だけの会見を開き、さっさと会見を終わらせたかったのもうなずけますね。

映像を見ると、米倉氏が打ち切ろうとしている時にも内田氏は明らかに何かを言おうとしているのですが、米倉氏にさえぎられていますよね。

米倉氏は内田氏を守りたいというより、理事長の意向にとことん従っているのかもしれません。

ちなみに、内田氏と一緒に入院したというのは誤報で、今も出勤中だそうです。

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日大理事長田中英寿氏と暴力団との関係の噂

これは2015年4月に海外のメディアに出た写真です。
JOCの副会長でもある田中理事長が山口組組長の司忍と会食している「ツーショット写真」です。

この記事は、今もこちらで読めます。

この写真の存在を国会で取り上げたのは、日本維新の会(当時)の牧義夫議員です。

牧氏によると、なんと、田中理事長自らが日大の執行部役員たちにこの写真を見せては脅していたというのです。
役員たちは命の危険を感じていたとのこと。

これでは、理事長の息のかかった内田氏に誰も反論できなかったのも不思議はないですね。

写真は匿名で無数のメディアに送られた

この写真は、匿名でたくさんのメディアに送りつけられたそうですが、日本のメディアは報復を恐れてどこも報道しなかったそうです。

おそらく、写真を見せられた人物のうちの誰かが、隙を見て撮影してマスコミにばらまいたのでしょうね。

当時、敬天新聞という新聞社の記者が何者かに鉄パイプで襲撃され、ひざをケガした事件があったそうです。
そしてその直後に、複数のメディアに「写真を報道したら敬天のようになるぞ」と脅しがあったそうです。

これには、敬天新聞が写真を報道しようとしていたから狙われたという説もありますが、敬天新聞社は自社のブログで、襲撃された時点ではこの「ツーショット写真」の存在は知らなかったと訴えています。

そもそも、敬天新聞社も山口組系の新聞社なのに、なぜいけにえに選ばれてしまったのかは謎です。

田中理事長は「写真は合成」と言い張っているそうです。

日大学長の会見に同席しなかったのも、この問題を追及されたくないからのようです。


米倉氏著書ににじみ出る氏の人生観

米倉氏は学生時代から山や森に親しみ、森林インストラクターの資格を持ち、共同通信社退職後は「森林ジャーナリスト」をしていたそうです。

森林に関する著書がたくさんありますが、『日本の森列伝 自然と人が織りなす物語』(ヤマケイ新書)という新書を入手してみました。

北海道から沖縄まで12箇所の森林について、学者顔負けの知識で詳しく紹介されていました。

しかし、管理人の心に強く残ったのは「あとがき」の部分です。

日本の森はその豊かさで比類がない。(中略)だが、仲良くやっているわけでは、決してない。森の中では常に熾烈な生存競争が繰り広げられている。

巨木が倒れると、陽光が降り注ぐ空間に草や木が争って芽を出し、相手を押しのけて自分の種の勢力拡大に躍起となる。生き延びるために、途方もない知恵を出し、戦略を練る。勝つか負けるか、共存できるか。(中略)しかし、生態系を維持する競争に違いはない。その闘いが森の強さだと実感した。
(引用元:『日本の森列伝 自然と人が織りなす物語』)



念のため改めて書きますが、この本が書かれた時は米倉氏はまだフリージャーナリストなので、書かれている内容は日大とは関係ありません。

しかし、この文章の「生態系」を「組織」や「社会」に置き換えて読むと、ここに米倉氏の人生観が垣間見えるような気がします。

米倉氏にとって、社会は勝つか負けるかの生存競争の場。

責任のすり替えも生き残るためのすべというところなのではないでしょうか。

事実を捻じ曲げて「組織全体」を守るのも、「生態系」を維持するためには必要なこと。
相手を押しのけて生き延びることは、米倉氏の中では悪いことではなく「強さ」なのでしょう。

そのために、「当方もない知恵を出して戦略を練った」結果が、ひとりの選手に責任を押し付けたあの謝罪コメントであり、あの会見なのではないでしょうか。

はたから見ると「トンデモ会見」にしか見えなかった会見ですが、このような価値観が根底にあったのなら、あのような行動になるのもなるほどねというところです。

米倉氏の経歴も、一流の大学を出て、共同通信の論説委員長にまでのぼりつめ、今の妻は一流料亭の女将という話です。

田中理事長ともその一流料亭で出会ったのかもしれませんね。

しかし、記者としては一流でも、広報としては日本中から失笑を買ってしまいましたね。

米倉氏の司会はもうない

その後米倉氏は、「司会はもうするな」と言われてしまったそうで、もう会見で姿を見ることもなくなりそうです。

「日大ブランド」を下げてしまったことは申し訳ないと答えています。

低姿勢になってしまった米倉氏はちょっと物足りないですね(笑)。

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